技術の進化や働き方の変化に対応するために、今後の仕事で必要な知識やスキルを学ぶ「リスキリング」。デジタル時代において、社員のリスキリングに取り組む企業も増えています。企業がリスキリングを推進するメリットや人事部門が果たすべき役割について、野村総合研究所の人事戦略コンサルタントである内藤琢磨氏に解説していただきました。


変化の激しいデジタル時代にリスキリングが必要な理由
リスキリングとは、時代や社会・産業構造の変化、自身のキャリアアップに応じて新しいスキルや知識を習得することの総称です。この言葉が日本で一定程度の認知を得たきっかけは、2019年に経済産業省が発表した「IT人材の需給に関する調査報告書」だと考えています。
本調査報告では、2030年までのIT市場の変化と市場の構造変化に伴うIT市場のリスキル率が予測されています(図表1)。青い棒グラフ部分は従来のシステムやアプリケーションなどのIT技術市場、ピンクの部分はクラウドやIoT、AI、セキュリティなどの先端IT技術市場を指しています。つまり、IT技術の進化に伴い、多くの先端IT人材が不足するため、従来のITスキルから先端IT技術にリスキリングする必要があることが指摘されました。
図表1:IT人材の需給とリスキル率

一方で、IT職種以外でリスキリングが注目を集めたきっかけとしては、2016年にロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授、アンドリュー・スコット教授の著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』に書かれた「人生100年時代を生き抜くために、何をしなければいけないか」というメッセージです。
特に日本においてこれまでは60歳や65歳で定年となり、引退するという人生が一般的だった時代から、100歳まで生きられるようになることで引退時期が延び、働く期間が長くなります。しかしずっと同じ仕事をやり続けられるかというと、そうではない。そこで必要となるのがリスキリング(学び直し)です。自分の専門性やスキルをアップデートしていかないと、長く働けないから学び直しをしようというキャリアモデルが提示されるようになっていきました。
図表2 人生100年時代のキャリアモデル

企業がリスキリングを推進するメリット
中長期的な学び直し(リスキリング)を行うことによって、新たな領域の専門スキルを身に付けた人材の活躍が期待されます。特にデジタル領域の知識やノウハウを習得することによって、会社としてのデジタルによる新たな企画・アイデアの創出や業務の効率化、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)にもつながっていきます。
また、リスキリングを促す仕組みを整備することは、新たな人材獲得や定着にも有効な取り組みであると言えるでしょう。人の能力を高めることで企業の成長を目指す「人的資本経営」の観点においても、必要不可欠な施策の一つです。
リスキリングに向けた人事部門の役割
人事部門がリスキリングにおいて担う役割としては、「今後必要なスキルの見える化」「教育プログラムの整備」「ジョブマッチング機会の提供」「教育投資の効果検証」の4つが挙げられます。
1.今後必要なスキルの見える化
まずは自社のビジネスにおいて、今後必要となるスキルは何かを明らかにする必要があります。ビジネスの現場と協同して、将来の「スキルの見える化」を行うと同時に現在の社員が保有スキルも「見える化」することでギャップを確認していきます。
2.教育プログラムの整備
必要なスキルが見える化できたら、教育プログラムの整備を進めます。最近は社内で研修プログラムを用意しなくても、オンライン型教育サービスを始めとして、さまざまな学習のプラットフォームを提供するサービサー(オンライン型学習プラットフォーマー)があります。目的に合った内容の学習プラットフォームを活用して、リスキリングの教育プログラムを整備していきます。
3.ジョブマッチング機会の提供
スキルは研修を受けただけでは、なかなか身に付きません。実際にそのスキルが必要とされる現場で仕事を体験することがもっとも大切です。学んだスキルが活かせる職場に配置したり、社内公募制度やFA制度を整備したり、スキル習得のためのジョブマッチング機会を確保することも人事部門の重要な役割となります。
4.教育投資の効果検証
リスキリングによる社員の成長を見える化するために実施した様々な施策を振り返り、効果検証を行うことも大切です。教育に投資した施策の効果がきちんと証明できないと、次の投資につながらないからです。
これは人的資本経営の概念にも通じるところですが、社員の学び直しのための費用がコストではなく、組織としての成長というリターンに繋がる投資であるという共通認識を経営層が持ち、様々なステークホルダーとコミュニケーションすることが求められています。
人事部門は教育投資の効果検証を適切に実施することでそうしたコミュニケーションを下支えするだけではなく更に効果的な人材投資を行う好循環を実現するための必要な役割を担います。
リスキリングの企業導入事例を紹介
海外企業の代表的な事例としては、2021年度には約3億1,800万ユーロを投資して10万点以上の学習コンテンツやさまざまなリスキリングの仕組みを用意しているシーメンス、10億ドルかけて10万人のリスキリングを実行し、技術職の80%は社内異動で充足させているAT&T、2026年までの10年間で、20億ユーロ(約2830億円)を投じて世界40万人の全社員のリスキリングに挑むボッシュなどが挙げられます。
国内企業では、パナソニック、NEC、日立製作所、富士通といった大手製造業がAI人材育成やリスキリングに取り組んでいます。
先端技術や高い専門知識のリスキリングが注目されがちですが、NTTやKDDIではAIやIT化の影響で仕事量が減っている技術系人材のリスキリングにも取り組んでいます。
日本政府も後押しするリスキリングに向けた取り組み
2022年10月に召集された臨時国会で岸田首相は、リスキリング支援に今後5年間で1兆円を投じるという所信表明演説を行いました。今後も国や自治体が企業のリスキリングを積極的に支援する動きが続くでしょう。
リスキリングは日本の経済を復活させる大きな鍵としても期待されています。時代の変化に応じたスキルを身につけることで社員の活躍の場を拡大するためにも、積極的に取り組んでいってほしいと思います。