短時間労働者に対する社会保険適用が拡大!制度の概要と人事が理解しておきたいこと

2016年10月から、被保険者の総数が常時500名を超える事業所で働くパート・アルバイトは、一定の要件を満たすことで健康保険・厚生年金保険の被保険者となりました。さらに2022年10月には、被保険者の総数が常時100名を超える事業所が対象になり、適用が拡大しています。2024年には常時50名を超える事業所まで拡大されることが予定されており、これまでは「大手・中規模企業の話」と考えていた企業も他人事ではなくなります。そこで今回は、寺島戦略社会保険労務士事務所代表の寺島 有紀先生に、短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大について解説いただきました。

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寺島 有紀(てらしま・ゆき)さん
寺島戦略社会保険労務士事務所 代表。社会保険労務士。一橋大学商学部卒業。新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。

健康保険・厚生年金保険の適用拡大の概要

2016年10月から、法人・個人事業所のうち、被保険者の総数が常時500名を超える事業所で働くパート・アルバイトなどの短時間労働者が、以下の要件を満たすことで健康保険・厚生年金保険の被保険者となりました。

被保険者となる要件

  • 週の所定労働時間が20時間以上であること
  • 雇用期間が1年以上見込まれること
  • 賃金の月額が88,000円以上であること
  • 学生でないこと

2022年10月の適用拡大では、被保険者の総数が常時100名を超える事業所、かつ雇用期間が2カ月を超えて見込まれることが適用要件になります。さらに2024年には被保険者の総数が常時50名を超える事業所にまで適用が拡大する予定です。2024年の改正によってこれまでよりも多くの企業が対象となるので、該当する企業は負担する社会保険額や従業員のニーズなどを確認し、今のうちに準備しておくことが大切です。

適用対象と対象期間

対象2016年10月~2022年9月末日2022年10月~(現行)2024年10月~(改正)
特定適用事業所被保険者の総数が常時500人超被保険者の総数が常時100人超被保険者の総数が常時50人超
短時間労働者1週の所定労働時間が20時間以上変更なし変更なし
月額88,000円以上変更なし変更なし
継続して1年以上使用される見込み継続して2カ月を超えて使用される見込み変更なし
学生でないこと変更なし変更なし

健康保険・厚生年金保険の適用拡大の背景

短時間労働者に適用拡大された背景として挙げられるのは、まず日本の年金財政です。人口が増えていくことを前提として設計された制度のため、少子高齢化の現状では、できるだけ加入者を増やす必要があります。また、「人生100年時代」「100年ライフ」と言われるように、人が100年間健康に過ごす社会が訪れようとしているため、国民年金に加えて厚生年金にも加入してもらい、高齢者の貧困を回避したいという考えもあるでしょう。

さらに、これまでの家族の多くは、専業主婦(夫)を前提として1馬力で働くことが当たり前でしたが、現在は共働きが一般的になっています。ワークスタイルの変化に加えて、少子高齢化による医療費の財源も課題になっています。

扶養範囲で働くパート・アルバイトの多くは手取りが減ることに抵抗がある

社会保険に加入する従業員が増えることは、企業にとっては負担となります。これまでは被保険者の総数が常時500名を超える大手企業が対象だったので、資本力に余裕がありましたが、被保険者の総数が100名、50名の中小企業ともなると経営に与えるインパクトが大きくなるでしょう。特に、社会保険の対象となる短時間のパート・アルバイトが多い業種というのは、飲食やサービス業が中心です。もともと利益率の低い業種で、さらに社会保険料の負担も拡大するとなると、死活問題となる企業も出てきます。そのため、2年後の改正に向けて対策を練らなくてはなりません。

一方で、パート・アルバイトの方たち自身も「適用拡大に抵抗感がある」といった声も企業から耳にします。

例えば、扶養の範囲内で働き、1,000円の時給で週の労働時間が25時間だった方の場合は、月に10万円の収入になります。しかし、社会保険の対象になった場合は、9,000円程度の厚生年金保険料と5,000円程度の健康保険料がかかってしまいます。月に10万円の収入に対して、社会保険で約1万4,000円引かれると、手取りは8万6,000程度。であれば、労働時間を週20時間未満に減らして、手取りを7~8万円にしたほうがいいと考えるパート・アルバイトスタッフの声があるようです。

働いている側からすると、これまでと同じ時間働いても、社会保険の金額分だけ手取りが減ってしまうため、“働き損”に感じられるのかもしれません。条件を満たしたパート・アルバイトは法的に社会保険に加入してもらわなくてはならないのに、当人は入りたがらないというジレンマに、経営者や人事は頭を悩ませています。

拡大する社会保険適用への企業側の対応

働き手が「社会保険の対象になりたくない」と考えており、経営側としても「社会保険の負担を減らしたい」というニーズが強い場合は、週の労働時間が20時間未満の“超”短時間パート・アルバイトを数多く採用するという方針を採用する企業もあるかもしれません。働き手がそのような働き方を希望し、双方の同意に基づく労働条件であれば、それ自体は特段問題ではありません。ただ、職場で活躍する優秀な人材に、今までよりも労働時間を減らされてしまうことは、現場責任者にとっては痛手になるでしょう。たくさんの短時間パート・アルバイトを増やすことは、教育やシフト調整に手間がかかるので、管理コストが高くなるデメリットもあります。

すでに短時間のパート・アルバイトにも社会保険を適用している企業の中には、社会保険に入ってもこれまでの手取りが減らないように、時給を上げるという対策をしているケースもあります。せっかく教育を積み重ねて、即戦力として活躍している人材を他社に取られてしまうのは、企業としてもマイナスになります。そこで、能力ごとにランク付けを行い、有能な働き手が社会保険の対象になった場合は、時給をアップ。さらに職責も増やして、仕事にやりがいを持ってもらえるように設計するという方法です。結果的に、手取りが今までよりも減らないような設計が実現できます。パート・アルバイトの方が長期的なキャリアを描けるようなキャリアマップを用意し、実際にロールモデルとなるようなスタッフがいれば、他のパート・アルバイトが働く動機づけになるでしょう。

ただし、こうした時給アップを行う場合、以後に経営状況の悪化で時給を下げたくなったとしても、いわゆる労働条件の不利益変更にあたり、減額を実行するには困難が伴います。2年後に対象となる企業の経営者や人事は、今からどのような対策を行うのが最適なのかを検討しておいた方が良いでしょう。

社会保険に対して経営や人事が理解しておきたいこと

制度を作って対策を行うことも重要ですが、経営者や人事がより理解して、パート・アルバイトの方たちにもお伝えできるようにしておきたいのは「社会保険に加入すること自体が悪いことではない」ということです。扶養に入っている場合、1階建ての国民年金しかもらうことができません。しかし企業の厚生年金に加入すれば2階建てになり、企業が社会保険料を半分負担してくれた分の厚生年金を受け取ることができます。長い人生を豊かに過ごすために、「厚生年金」という社会保障は選択肢として悪くはないでしょう。

社会保険に加入していれば、怪我や病気などで働けなくなった時も傷病手当金を受け取ることができます。給与の2/3相当が最大1年6カ月支給される制度で、セーフティネットの幅が広がります。また、出産で休業する時も出産手当金があるので、所得の2/3程度が保証されます。短期的には社会保険の加入によって手取りが減るので、デメリットしか感じられないかもしれませんが、長期的に見ると社会保険加入のメリットはたくさんあります。

現在、円安に伴う物価高など特に家計にとって苦しい状況が続いていることもあり、働く方たちにとって将来の年金等よりも毎月の手取り額をより重要と考えることは自然なことだと思います。しかし、現在はお子さんが小さかったり、家庭の事情で短時間しか働けなかったとしても、いずれお子さんの手がかからなくなったり、長時間働けるようになる日がくるかもしれません。その時には、よりやりがい・職責のある仕事にも挑戦したいという方もいらっしゃると思います。

それが、社会保険加入がネックとなり、あえてキャリアを縮小するようなマインドとなるのは長期的なキャリアや収入を考えるとややもったいない選択肢かもしれません。

企業側としても、採用や教育コストを考えると、有能な人材には長期的に働いてもらった方が効率的です。社会保険に対する考え方は企業や働き手によって様々ですが、大前提としては、経営者や人事が従業員一人ひとりのキャリアに寄り添い、長期的な視野に立って最適な働き方を考えることが大切です。

ライター:只野 志帆子

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