コロナ禍に突入して3年目。さまざまな業界でテレワークの導入が進む一方、社会情勢に応じてオフィスワークへと回帰する動きも見られます。「テレワークでも高いパフォーマンスを出せる」という意見と、「オフィスワークでなければ出せない成果がある」という意見がぶつかり合っている企業も少なくないのではないでしょうか。また人事・採用担当者の中には、テレワークをやめることで、採用力が下がってしまうのではないかという懸念もあるかもしれません。
真にパフォーマンスを最大化させ、働く一人ひとりの希望をかなえるテレワークとは何なのか。組織・人事領域における調査・コンサルティングを専門とする伊達洋駆さん(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)に聞きました。

「テレワークvsオフィスワーク」の議論自体がナンセンス?
——コロナ禍3年目となりますが、「テレワークとオフィスワークではどちらがパフォーマンスを発揮できるのか」という議論は続いているように思います。
テレワークそのものはコロナ禍以前からさまざまな企業・職場で導入されており、テレワークにおけるパフォーマンスについても国内外でコロナ禍以前から研究されています。その中では、テレワークはオフィスワークと比べてパフォーマンスが高いことが分かっているんですよ。
純粋に仕事のパフォーマンスはテレワークのほうが高いし、働く個人の満足度や上司との関係性、仕事の裁量や自律性などについてもテレワークのほうが高いという結果が出ています。
ただし、これはあくまでもコロナ禍以前の海外での研究結果です。コロナ禍以前からテレワークをしていたのは、IT業界やコンサルティング業界など、ごく一部の高い専門性と自律性を持つ人たちでした。こうした層がテレワークに取り組むことでパフォーマンスや満足度が高まるのは、ある意味当然と言えるかもしれません。
ではコロナ後の日本企業ではどうなのか。私たちが行った調査では、テレワークでもオフィスワークでも、パフォーマンスにおいて統計的に有意な差は見られませんでした。言ってしまえば、テレワークでもオフィスワークでもパフォーマンスが高い人は高いし、低い人は低いということですね。こうしたバラつきを見ると、現状では「テレワークとオフィスワーク、どちらのほうが生産性が高いのか」という議論自体、ナンセンスなのかもしれません。
——全体を見れば、働く場所だけでパフォーマンスが変わるわけではないということですね。その中でもテレワークに向いている職種や人材の傾向はあるのでしょうか。
私たちの調査では、どのような職種であれば、あるいはどのような人材であればテレワークでパフォーマンスを発揮しやすいかまでは分かっていません。ただ、テレワークのパフォーマンス向上のために何が必要なのかは見えてきています。それは「職場における信頼関係」です。
信頼という言葉は、ビジネスではいろいろな意味で使われますが、最もビジネス文脈で使われる言葉で一番ニュアンスが近いのが「心理的安全性」だと思います。職場の人たちに意見を言っても大丈夫と思えるか、リスクを気にせずに関わり合えるかが重要なのです。

考えすぎてコミュニケーションに躊躇してしまうリスク
——なぜ信頼関係がテレワークのパフォーマンス向上にとって重要なのでしょうか。
これは、オフィスワークとテレワークのそれぞれの状況をイメージすると分かりやすいと思います。
オフィスではその場に相手がいるので、ちょっとしたことも細かく質問できるし、「今は忙しそう」「機嫌が悪そう」といった状況も何となく見えますよね。しかしテレワークでは同じようにはいきません。その中で互いに信頼がなく、対人的なリスクを感じていると、仕事を進める中でいちいち確認しなければいけない。「自分のこのアウトプットでいいんだろうか」と毎回周囲に確認しているようでは、非効率です。
——仕事の手間がどんどん増えていくと。
はい。「この時間帯は忙しそうだけど相談しても大丈夫かな……」「こんなことを相談したら能力がないと思われるんじゃないか……」と、考えすぎてコミュニケーションに躊躇し、ストレスもたまります。
さらにやっかいな調査結果もあります。オフィスワークと比べて、テレワークのほうが信頼関係の構築が遅くなることが分かっているんです。テレワークのほうがより信頼関係が重要なのに、信頼関係を形成しにくいということです。
ちなみに、こうした問題はテレワークにおいて顕在化しやすいのですが、リアルのオフィスワークでは起きていなかったのでしょうか。テレワークで互いの様子が見えにくくなるのは事実ですが、オフィスワークなら互いの様子が実際に分かっていたのかというと、そうでもない。とはいえ場を共有していれば何となく相手の状況が見えているつもりになるし、それによって信頼関係が高まりやすいのです。
要注意は「中途入社」や「人事異動」のタイミング
——難しい状況の中で信頼関係を築いていくには?
時間がかかることは承知の上で、チーム内の小さなコミュニケーションを積み重ねていくしかありません。コミュニケーションの回数が増えれば増えるほど互いの価値観を理解できるようになり、「このメンバーの中で、この範囲のタスクであれば自分で判断して行動しても大丈夫だ」といったことがつかめるようになっていくでしょう。その意味で、これは基本的に克服できる問題だといえます。
——信頼関係の構築に取り組んでいるチームを支援するため、人事はどんなことに気をつけるべきでしょうか。
特に注意していただきたいタイミングがあります。それはメンバーの入れ替わりが発生する時期です。
中途入社や人事異動で新しいメンバーが入ってくると、そのチーム内は信頼関係が形成されていない状態になります。かつ先ほどもお話したように、テレワーク環境では信頼形成に時間がかかります。
こうしたタイミングでは、これまで一緒に仕事をしてきた人たち同士の1on1以上に、新メンバーと従来メンバーの間の信頼関係の構築を支援する、いわゆるオンボーディングが重要になります。まずは人事から新メンバーを紹介したり、新メンバーと既存メンバーの接点を作りにいったりと、積極的に動く必要があるでしょう。
採用力を維持・向上できる企業の条件とは?
——課題は多いものの、人事・採用担当者の中には「テレワークをやめることで採用力が下がってしまうのではないか」という懸念もあるかもしれません。伊達さんは、テレワークのできる企業のほうが採用力は高まると思いますか?
「テレワークができるという選択肢」がある企業は採用でも強いと思います。大切なのは、ただ制度があるだけではなく、選択肢として従業員が主体的に活用でき、実際に運用されていることです。
これはテレワーク以外の制度全般にも言えることであり、近年では特に働く場所の柔軟性が注目されています。自宅で働いてもいいし、コワーキングスペースを使ってもいいし、ときには会社のオフィスに来てもいい。そんな柔軟性のある企業こそ、採用力が強い企業といえるのではないでしょうか。
——個人にとって「選べる」ことが大切なのだと。
はい。コミュニケーションを取りたいときはオフィスへ行き、集中したいときは自宅で仕事をする。こんなふうに状況に応じて場所を選ぶことができれば、個人のパフォーマンスにもプラスとなるでしょう。
ただ、上司の立場で考えると、ちょっと事態は複雑かもしれません。たとえば10人の部下がいる管理職の例を考えてみましょう。ある日の部下の動きを見ると、オフィスへ出社している人が3人、自宅でテレワークをしている人が5人、コワーキングスペースへ出かけている人が2人。こんな状況も考えられるわけです。このように働く場所が多様になると、ミーティング一つ開催するにも調整が必要となり、マネジメントがどんどん複雑になっていきます。オフィスにいる人は会議室に集まれば済みますが、テレワークの人は「チャットで済ませたい」と思っているかもしれません。
現実問題として、管理職の中にはこの複雑性に悩んでいる人もいるのではないでしょうか。人事の方々はぜひ、上司1人あたりが抱える部下の人数が多くなりすぎないようにしたり、部下側がセルフマネジメントできるように支援したりといった方向にも目を向けていただければと思います。
——今後、企業はどのようにテレワークを活用していくべきでしょうか。
現在は「テレワークを続けるか、それともオフィスに戻るか」といった議論になりがちですが、社会全体で見れば今後はもう少しグラデーションが広がっていくのではないかと見ています。「テレワークがメインだけど週2回は出社する」「基本はオフィスへ出社するけど事情によってテレワークもOK」など、働く場所はより多様化していくはず。テレワークでもオフィスワークでも、信頼関係が重要であることには変わりありません。それぞれの会社の事情に合わせ、部下も上司もできるだけ負担の少ないやり方を選択できるよう、ベストな塩梅の方法を見出していくことが求められるのではないでしょうか。