職場環境や仕事内容に悩みを抱えてメンタル不調に陥り、休職している従業員には、どのような対応や人事評価を行ったらいいのでしょうか。メンタルヘルス対策に詳しい精神科医&メンタル産業医、井上智介先生に聞きました。


企業がメンタルヘルス対策で実施しなければいけないこと
企業がメンタルヘルスの対策として、実施しなければいけないことは3つあります。
1.ストレスチェックの導入
ストレスチェックは、労働安全衛生法によって50名以上の従業員がいる企業や事業所では導入・実施が義務付けられています。このストレスチェックによって、自分がメンタル不調であることを早めに気づいてもらうことが大事な目的です。誤解されている人も多いのですが、うつ病の従業員を探すことではありません。従業員がセルフケアを行うきっかけとなるだけでなく、企業としても従業員の不調や職場の問題点を発見する効果もあります。
2. 安全配慮義務の順守
安全配慮義務とは、労働契約法の第5条で定められており、企業・事業所は従業員の健康と安全を配慮し、安心して仕事ができる環境を作らなくてはいけません。労働時間や職場環境、健康管理などについて常に対策を行う義務が定められています。
3.パワハラの防止
2022年4月から労働施策総合推進法(パワハラ防止対策義務化)、すなわち職場におけるパワーハラスメント対策が完全に義務化されました。メンタルヘルス対策にも大きく関わってくる法律ですが、パワーハラスメントと厳しい指導の区別がつけにくかったり、加害者と被害者の正確な事実確認が難しかったりなど、まだ適切な運用はできていない企業が多いのが現状です。
メンタル不調者に対して人事が取るべき対応について
メンタル不調に陥った従業員に対しては、人事・労務担当としては最善の対応を取る必要があります。主な対策について解説します。
メンタル不調の原因や状況を確認する面談
まずは、メンタル不調者との面談を行う必要があります。メンタル不調の原因が、職場の人間関係や仕事内容、労働時間、もしくは家庭や介護の問題なのかなど可能な範囲でヒアリングして、産業医との面談などを設定します。
セルフメンタルケアの指導・アドバイス
十分な睡眠や休養を取ることや信頼できる人に相談するなど、基本的なセルフケアの指導に加え、主治医や産業医からメンタル不調の解消となるセルフケアのアドバイスを受けるよう支援します。
職場や労働時間のチェック、改善策の検討
メンタル不調の原因となった職場環境や労働時間(残業時間や休日出勤など)などをチェックし、必要であれば改善策を検討します。
メンタル産業医やアドバイザーによる指導・研修の実施
メンタルヘルスに詳しい専門アドバイザーや精神科医の産業医と連携し、メンタルヘルスに関する研修や職場指導などの実施、メンタル不調に関する相談窓口などを設置します。最近はメンタルヘルス問題やメンタル不調による休職者が増加していることから、内科の産業医だけでなく、精神科医のアドバイザーや産業医を依頼する企業も増えています。
メンタル不調者が休職・復職する際の注意点とは
職場のメンタルヘルス問題によって、従業員が休職することになった場合、休職期間の対応や復職時の対応は重要なポイントとなります。ここでは、休職から復職するまでの基本的な流れと、意外と見落としがちな注意点についてお伝えします。
休職から復職までの基本的なステップ
1.休職の判断
メンタル不調者が休職する基準は明確な数値で示されるわけではなく、主治医の診断や産業医の面談によって、判断します。
2.休業中のケア
休業中は本人の負担にならない範囲での定期的な連絡を行い、コミュニケーションを取ることが必要です。
3.復職可能かどうかの判断
主治医の診断と産業医の両方が面談を行い、職場復帰の可能・不可能を判断します。どちらも復職可と判断されてから、はじめて復職について考えていきます。
4.復職後の勤務体制について指導
復職後の働き方について、産業医と相談しながら残業や休日出勤の制限や部署異動など、状況に応じたプランを作成します。
5.復職後のフォロー・メンタルケア
復職後も産業医による定期的な面談を手配したり、上司と相談しながら業務内容や働き方についてフォローを行ったりするなどのサポートが必要となります。
メンタル不調者が休職中の注意点
メンタル不調者が休職することになった場合、休職可能期間については人事・労務部門から早めに伝えてあげましょう。実は、本人や上司が知らないまま休職に入ってしまうケースは多く、あとからトラブルになることもあります。
また、休職中の連絡は、緊急でない限りは電話ではく、なるべくメールや郵送にしましょう。いつ会社から電話がかかってくるかわからない状態では、ゆっくり療養できないからです。連絡窓口は上司や同じ部署の人ではなく、できれば、第三者的な立場の人、人事・労務担当者などに一本化することが望ましいでしょう。
メンタル不調者が復職する際の注意点
メンタル不調で休職していた従業員の方が復職する際は、主治医からの復職可能な診断書が出て本人が大丈夫だと申告していても、産業医との面談を設定して判断することが大事です。
その上で、産業医も復職可能と判断したなら、復職後1カ月は残業や休日出勤はしないように制限をかけるなど、リハビリ期間を設けましょう。問題なく勤務できたら、また面談を行い、本人の状態に合わせて徐々に制限を緩めていくようにしましょう。
目安として、復職して最低3カ月はそうした制限や面談を行いながら、以前と同様に勤務できるかを判断していくことが重要となります。
休職中のメンタル不調者に対する人事評価の考え方
人事評価の多くは、事前に立てた目標に対してどれだけ達成したかという目標管理制度や、仕事にコミットした結果や貢献などが評価の基準となります。しかし、メンタル不調による休職者はその目標を達成することも貢献もなかなか難しいでしょう。とはいえ、メンタル不調者は休職したら目標が達成できないから評価を下げるという一律の判断は、時期尚早です。
まずはメンタルや体調不良となった理由を明確にすること。その理由がパワハラや過重労働であったとしたら、会社は職場環境の改善や産業医への相談、部署異動などの人事施策などの対策を行う必要があります。それもせずに、ただ評価だけ下げてしまうとトラブルの元になります。
一方で、現代社会は職場での問題以外にも家庭や介護問題など、メンタル不調に至る様々な起因があるため、容易に原因特定や問題を解決することが難しい場合もあります。とはいえ、ずっと以前の評価のままであれば、パフォーマンスを上げている従業員から不平の声が出ることもあるでしょう。
会社として本人のメンタル不調を改善すべく対策を打ち尽くした結果、回復が見られず、パフォーマンスを上げることができなかった場合は、評価を下げざるを得ないかもしれません。
そこで重要なのは、メンタル不調になった場合の就業規則や評価規定を明文化・周知しておくことです。判断基準が明確に規則として明文化・周知されていれば、人事側も伝えやすいですし、従業員側も納得できるのでトラブルにもなりにくいでしょう。