『職場の人間科学』著者ベン・ウェイバー博士が語る、ピープルアナリティクスを活用した組織改革と未来の働き方

近年、業務のデジタル化や働き方の多様化により、ピープルアナリティクスに関心を抱く企業が増加しています。日々の仕事に関するデータ分析は、仕事の効率化だけでなく、組織の改善や新たなビジネス変革を起こす人材発掘にもつながると期待が高まっているのです。そこで今回は、世界ベストセラー『職場の人間科学』の著者であるベン・ウェイバー(Ben Waber)博士が語った、ピープルアナリティクスを活用した事例をもとに、新たな組織や働き方改革の道筋となるヒントを探ります。

Ben Waber (ベン・ウェイバー)博士
ソーシャル・センサー技術を用いた行動分析会社Humanyze(前:ソシオメトリック・ソリューションズ)社長兼CEO。MITメディアラボで博士号を取得し、現在は客員研究員を務める。ハーバード・ビジネス・スクールの元上級研究員。日立製作所の中央研究所やリコーの中央研究所で働いた経験を持つ。日本ピープルアナリティクスとHRテクノロジー協会の名誉会長でアクセンチュアのテクノロジーアドバイザー役員。ニューヨークタイムズ、CNN、ウォールストリートジャーナル、日経新聞などに寄稿した研究と論文はハバードビジネスレビューのブレークスルーアイデア賞とMITテクノロジーレビューのベスト10新興技術賞を獲得。世界ベストセラー「職場の人間科学(People Analytics)ビッグデータで考える「理想の働き方」」の著者。

なぜ、ピープルアナリティクスは組織改革や現代の働き方に必要なのか

ピープルアナリティクスとは、組織や従業員の行動データを収集・分析することで、職場やチームの生産性を高め、働きやすい職場作りに役立てる技術を意味します。

ベン・ウェイバー博士は、組織や従業員の行動データを活用する理由を、「経営者や上司による評価や従業員が答えるアンケート調査のように、人の主観や思い込みが入り込まない事実を示すデータによって、客観的に可視化するため」と語っています。

「例えば、経営者は社員が毎日何時間くらい働いているのか、どんなことに悩んで誰に相談しているのか、といった簡単な質問に対して主観でしか答えることができません。それは、データが不足しているからです」

さらに、社員を労働時間や営業成績だけで評価することは、非常に限定的な評価だと指摘します。

しかしピープルアナリティクスを活用することで、メールやチャットなどでコミュニケーションデータやオフィスなどの施設関連データ、そしてセンサー技術によって人の行動や感情のデータを取得して可視化し、組織運営に役立てることができます。

「オフィスのエレベータと従業員の行動データを組み合わせると、人の移動や何階に集まっているのがわかります。メールやチャットデータから、誰が誰といつどのくらいコミュニケーションしているのか、音声データと組み合わせることによって会話量や感情の変化なども把握することもできます」

取得する行動データについては、「個人のプライバシー保護やデータ漏洩防止に配慮し、データ活用や公開に厳しいルールを設ける必要がある」と、ウェイバー博士。そして、個人を特定しない集計データのみを活用する仕組み作りも重要と、補足しています。

ピープルアナリティクスで活用されるデータ

また、ピープルアナリティクスと同列で語られることが多い、HRアナリティクスとの違いについても言及。ピープルアナリティクスは、客観的なデータにコンテキストを組み合わせること、仮説を立てて検証すること、多角的に試してみることが重要だと語ります。

「Webマーケティングでは、プロセスや効果が期待できる2つのパターンを用意して、比較検証と改善を繰り返すABテストという手法があります。ピープルアナリティクスもABテストを活用したら、組織変革や業務改善がより早く実現できるでしょう」

ピープルアナリティクスの特徴

  • 行動データ+文脈的知識
  • ビジネスに関わる問題を様々なデータを駆使して解決
  • 仮説を構築し、テストによる検証
  • 基礎的な運営方法
  • 多角的アプローチ

HRアナリティクスの特徴

  • アンケート結果を独立したデータとして使用
  • 人材に関する問題を人事的観点で集めたデータを使用して解決
  • 業界で「最適」とされている方法を適用
  • ベンチマークに従って運営・測定
  • 状況によってカスタマイズされていない「万能薬」的な手段

事例1:コールセンターの休憩時間を統一し、離職率の大幅改善を実現

ここからは、具体的にピープルアナリティクスを活用することで、職場環境の改善に繋がった事例を紹介していきます。

ある銀行のコールセンターでは、スタッフの離職率の高さと、パフォーマンススキルのばらつきに課題を感じていました。顧客対応のパフォーマンスが高いチームとそうではないチームのコール完了時間の差は、約2倍以上あったといいます。この違いは各チームのトレーニング内容やスキル・経験、顧客のクレーム量にあると思われましたが、実はほとんど違いは見られませんでした。

ピープルアナリティクスを行ってみると、大きな違いが見られたのは「社員同士のコミュニケーション量」。パフォーマンスが高いチームはメンバーが一緒に休憩を取っており、そうでないチームは業務に支障が出ないように時間をずらして休憩を取っていたのです。

その結果から、チームのパフォーマンスを向上させるには「社員同士のコミュニケーション」と仮説を立て、Aチームは15分に1人ずつ、Bチームはメンバーが同時に休憩を取るというABテストによる検証を進めました。

※ABテストとは、AパターンとBパターンを用意して2つの効果を比較検証する手法

テストを開始してから3カ月後、Aチームに変化は全く見られなかったのに対し、休憩を一緒に取ったBチームの団結力は18%も増加し、ストレスも19%削減。生産性は23%向上したのです。

検証方法は、スタッフ自身が回答したアンケートと顧客対応中の音声データで実施。どちらもほぼ同じ結果が確認できました。この成果を受け、全社にスタッフが同時に休憩を取れる仕組みを取り入れたところ、離職率も大幅に改善することができました。

事例2:業績の高い支店と低い支店のバラつき要因はコミュニケーション量

続いては、欧州で500支店以上を持つある銀行の事例。先に紹介したコールセンターのケースと同じように、業績の高い支店と低い支店のバラつきが課題でした。

ピープルアナリティクスで分析した結果、支店のコミュニケーションパターンは大きく3つに分かれました。以下の図は、3つのコミュニケーションパターンを可視化したもので、●は人、線の太さはセンサーデータから取得した対話コミュニケーション量、線の長さは距離を表します。

3つのコミュニケーションパターンのなかで、最も業績が高かったのは支店1。支店2の2.5倍の業績を出していました。他の2つのパターンと比較して、万遍なく対話のコミュニケーションが行われており、支店全体のパフォーマンスが高いということもわかりました。

支店2の特徴は、コミュニケーションの固まりが2つに分かれていること。その理由は、1階と2階にオフィスが分かれていたこと。階段がコミュニケーションの障害となっているのです。フロアを1つに統合することで対話量が増え、業績も大幅に増加することができました。

支店3の特徴は、パフォーマンスの高い社員が中心に位置している一方で、アウトラインに位置する数人のパフォーマンスは非常に低いということ。実はこのアウトラインは新入社員で、職場内のコミュニティになかなか溶け込めず、コミュニケーションが十分に取れていなかったことが解明したのです。

そこでメンバーの親睦を深めてもらうために、支店3のパターンに該当する各店舗に職場の懇親会予算を支給。すると支店内におけるコミュニケーションが深まり、業績のばらつきも減らすことに成功しました。

また、個人の業績目標とは別に、店舗のセールス目標を達成した支店のスタッフ全員にボーナスを出す新しい報酬制度を導入したところ、業績も11%増加。約1000億円の増益効果を生み出しました。

「親睦会費用やチームの業績に応じた報酬精度は、なんとなく投資は効果がありそうだが、経営陣を納得させることは難しい。しかしデータで証明することで、こうした施策が職場改善や業績向上に繋がる重要性を示すことができたのです」

事例3:リモートワーク拡大によるコミュニケーションの変化

コロナ禍の影響により、リモートワークが拡大。職場のコミュニケーション機会が減少し、パフォーマンスにマイナスの影響を及ぼすのではないかと懸念を持つ方もいるでしょう。

実は、オフィスワークのデジタル化も進化していることから、逆に同僚とのコミュニケーションやコラボレーションが増加しているというデータも観測されています。

以下のデータは、ウェイバー博士がCEOを務めるHumanyzeが、150カ国以上のグローバルな大企業で働く従業員数百万人のメール、チャット、ビデオ会議ツールなどの社内コラボレーションを収集・分析したものです。

この調査によれば、自分が所属する直属チームとのコラボレーションは16%増加し、同僚との情報共有などはこれまでよりオンラインツールを活用する機会が増えたことによって、むしろ増加しているという結果が出ています。

一方、他部署のメンバーとのコラボレーションは21%減少、上司とのやりとりが4%減という数字が示すように、直属チーム以外とのつながりは弱まっているという課題もあります。

もちろん今回紹介した事例の施策がすべてに当てはまるわけではありません。職種や業務内容によって状況は異なるため、オフィスに来る必要がある仕事もあれば、リモートで働いた方がいいケースもあるでしょう。

「職場環境は係数ととらえ、その職場に最適な要因をデータで探り、適切な判断を行う必要がある」とウェイバー博士は言います。

とはいえ、これまでの主観や思い込みでなく、人の行動データを可視化することで適切な施策に役立てることができるピープルアナリティクス。その活用が進むことで、今後さらに組織改善や業務改善などが進んでいくことが期待されています。

※本レポートは、The MIT Media Lab Innovation Leadership Program in Tokyo 2022「Be Artistic and Analytic──未来の働き方:ビジョン力とデータ分析力による独創性と生産性の実現」セミナーをレポートしたものです。

ライター:馬場 美由紀
カメラマン:栗原 克己

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