人事が知っておきたい副業・兼業の注意点【社労士監修】

人生100年時代。従来は一般的だった「新卒で入社した企業で定年を迎える」といった終身雇用のスタイルから、「多様な働き方を自身で選んでキャリアをデザインする」というワークスタイルにシフトしています。こうした背景から、政府は副業・兼業を推進するために、2018年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を発表しました。副業・兼業は個人の収入アップだけでなく、活躍できる場を広げ、経験・スキルアップを図るなど、様々な効果を生むとされています。また、社会全体としても、オープンイノベーションや企業の手段としても有効であり、都市部の人材を地方でも活かすという観点から地方創生にも資する面も考えられます。

社会的に注目されている副業・兼業ですが、企業として従業員の副業・兼業を認め、本業に障りなく運用するにはどうしたらいいのでしょうか。社会保険労務士の岡 佳伸氏に副業・兼業の注意点などを伺いました。

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岡 佳伸(おか・よしのぶ)さん
社会保険労務士法人 岡 佳伸事務所 代表。大手人材派遣会社、自動車部品メーカーなどで人事労務を担当した後に、労働局職員(ハローワーク勤務・厚生労働事務官)としてキャリア支援や雇用保険給付業務、助成金関連業務に携わる。現在は開業社会保険労務士として活躍。各種講演会講師および記事執筆、TV出演などの実績多数。特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、1級ファイナンシャル・プランニング技能士。

副業・兼業は、原則として労働者の自由

実は、政府のガイドラインの策定前から、裁判例上は、副業・兼業は原則として労働者の自由であるとされています。また、2005年9月15日に発表されている「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会 報告書(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/09/dl/s0915-4d.pdf)」でも、兼業禁止義務について「労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、労働者は職業選択の自由を有すること、近年、多様な働き方の一つとして兼業を行う労働者も増加していることにかんがみ、労働者の兼業を禁止したり許可制とする就業規則の規定や個別の合意については、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とすることが適当である」としています。

職業選択の自由がある一方で、企業側としては従業員の労働管理を行わなければなりません。副業・兼業に熱心になるあまり、労働基準法で定められた法定労働時間を大幅に超えて、健康を害したり、本業に影響を及ぼしたりすることは避けたいものです。そのため、原則は労働者の自由だとしても、あらかじめ社内でも副業・兼業のルールを設け、トラブルを防ぐことが重要になります。

雇用契約を結んでいる従業員が、他社でも雇用契約を結んで副業・兼業するケースが要注意

副業・兼業には様々なワークスタイルがあります。例えば、正社員としてフルタイムで働いている人が土日に業務委託でWebデザインの仕事をするのも副業・兼業ですが、1日8時間、週4日をパートで働いている人が、別の企業でも週1日パートとして働くのも副業・兼業です。

このうち、企業として気をつけなければならないのは、雇用契約を結んでいる正社員やパート・アルバイトが、他の企業でも雇用契約を結ぶケースです。正社員やパート・アルバイトが、業務委託として空いた時間を活かしてWebデザイナーやライター、フードデリバリーなどの副業・兼業をするのは問題ありませんが、雇用契約を結ぶ場合は、労働基準法に則って労働時間を通算する必要があります。

例えば本業として雇用契約を結んでいるA社が法定労働時間の「1日8時間、週40時間」で働いている場合、副業・兼業先のB社では、すでに労働基準法で定められている労働時間を超えているため、時間外労働となります。そのためB社は最低でも、賃金の1.25倍の割増賃金を払わなければなりません。これは、正社員だけでなく、パート・アルバイトであっても同様で、通算して法定労働時間以上働く場合は、後から労働契約を結んだ企業は割増賃金を支払う必要があります。

なお、本業が業務委託や役員クラスの場合は、そもそも雇用契約を結んでいないので対象外です。

トラブルに発展しやすい副業・兼業のケース

副業・兼業が原因でトラブルに発展しやすいのはどのようなケースでしょうか。代表的な3つのケースをご紹介します。

大幅に法定労働時間を超えて働くケース

日中はフルタイムで働き、夜も雇用契約を結んでシフト制の仕事に就くケースです。大幅に法定労働時間を超えてしまうため、副業・兼業企業は割増賃金を支払わなくてはなりませんが、それ以外にも、本業、副業・兼業のどちらの企業も36協定の締結が必要になります。また、36協定を締結し労働基準監督署長への届出を行ったとしても、時間外労働の上限(限度時間)は、月45時間・年360時間(36協定の特別条項を結んだ場合は、年720時間、複数月平均80時間、月100時間未満)になるので、上限を超えないか管理しなくてはなりません。労働時間が長くなると、業務への支障や健康面を損なう恐れがあることから、法定労働時間を大幅に超えることが予想される副業・兼業は注意が必要です。

競合で働くなど、事業に影響がある仕事をするケース

本業はフルタイムで働き、夕方以降や土日などに業務委託として働く場合、労働管理の面では問題はありません。ただし、業務委託として働く内容が、本業での経験・スキル・人脈などを活かして働くのであれば注意が必要です。例えば、本業で得た知識を活用して競合で働く、本業で知り得た顧客から直接仕事を受注するなど、本業の利益に影響を及ぼすリスクがあります。

副業・兼業が本業の勤務時間に被っているケース

最近増えているのが、テレワークを実施している企業で、本業の勤務時間に副業・兼業を行っているケースです。テレワークが推進され、働き方の多様化が一般的になった一方で、「業務実態が掴めない」「労働管理が難しい」というデメリットも顕在化しています。テレワークの業務管理の難しさに加えて、業務時間中に副業・兼業をしているとなると、副業・兼業がどのような契約であってもトラブルに発展するので要注意です。

副業・兼業のルールを定めるにあたり知っておきたいこと

トラブルに発展しないように、副業・兼業のルールを就業規則で定めておくことが重要です。就業規則で副業・兼業の項目を定めるにあたり、ポイントを解説します。

届け出制・許可制のどちらかを検討する

副業・兼業に伴う労務管理を適切に行うためには、届出制・許可制など副業・兼業の有無・内容を確認するための仕組みを設けておくことが望ましいです。厚生労働省では「副業・兼業に関する届出様式例」をWordファイルで提供しています。

副業・兼業に関する届出様式例
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000996750.pdf

「副業・兼業OK」とはっきり言うことができるので、採用シーンでは一定の効果があるでしょう。

許可しないケースを明記しておく

トラブルに発展しやすいケースでお伝えした、同業他社での副業・兼業や、本業の顧客との取引などは、禁止事項として明記しておくことをお勧めします。また、育児休業中や疾病休職中も、育児や心身を治療するためといった本来の目的から外れてしまうので、許可するかどうかを決めた方が良いでしょう。また、公序良俗に反する仕事も、企業のブランドイメージに影響する可能性があるため、項目として設けておいた方が良さそうです。

最後に

政府が積極的に推進している副業・兼業ですが、あくまで本人のスキルアップや活躍の場を広げることが本来の目的。フルタイムで働いている従業員が、業務時間外にも長時間働いて無理をしてしまうのは、企業としては避けたいところです。副業・兼業の制度設計を行う際には、副業・兼業によって「従業員がイキイキと働き、キャリアの幅を広げることが目的」だと周知することも重要です。

ライター:只野 志帆子

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