人材採用、定着、育成などに関する、人事担当者のさまざまなお悩み。人事歴20年以上、人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所社長の曽和利光さんがお答えします。

(相談内容)
ここ最近、中途採用した社員が短期間で辞めてしまうケースが増えました。選考時にしっかりコミュニケーションを取り、相互理解に努めてきたはずなのですが…。いったい何が原因なのでしょう?そしてどんな手を打てば早期離職を減らせるでしょうか?
早期退職を防ぐ5つのポイント
時間とお金をかけてせっかく採用したのに、1年以内で辞めてしまう…という人は一定数存在します。相互理解を深めてお互い納得のうえで入社が決まったのに、なぜすぐに辞めてしまうのか…それには5つの理由が考えられます。それぞれの内容と、対処方法をご説明しますので、自社に当てはまりそうなものをチェックしてみてください。
ポイント1:「配属先との相性」を選考時にチェックする

中途採用者の早期離職の理由として最も多いのが、「配属先の上司や同僚と合わない」というもの。
採用選考時は、主に応募者の経験やスキルが求める要件に合っているかどうか、自社の文化や風土とフィットしているかどうかを重視して採否を決めていますが、多くの企業において「配属先との相性」という視点が抜け落ちています。
新卒とは異なり、中途の場合は入社後どの部署に配属されるのか、ある程度想定されているはず。スキルや経験が合うかどうか、文化や風土に合うかどうかももちろん大切ですが、配属先の上司や先輩、同僚と合いそうかどうか」も確認するべきです。実際、「仕事内容は自分に合っているし、企業風土も好きだけれど、上司と合わないから辞める」というケースは非常に多いのです。
人事担当者と応募者が相互理解できても意味はありません。入社後に上司になる可能性の高いマネージャーやリーダーを面接に入れて、相互理解を促進しましょう。
ポイント2:入社前の期待値調整で「リアリティショック」を軽減する
上司や同僚との相性と同じぐらい退職理由として多いのが、リアリティショック。入社後に会社や仕事、環境などに対して「イメージしていたものと違う」とギャップを感じ、失望してしまうというケースです。
採用選考では、応募者に対して自社に入社するメリットを示して動機づけを図ることが大切ですが、動機づけすればするほど期待値が高まり、それだけリアリティショックのリスクも高まります。新卒であれば、内定から入社まで半年以上あるケースが多いので、入社までに何度かコミュニケーションを取り、自社のいい面も悪い面もリアルに伝えるRJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)を重ねてギャップを軽減することができますが、中途の場合は内定から入社までの期間が比較的短いのが特徴。「内定までに期待値をさんざん上げておいて、入社後に一気に落とされた」と感じる入社者は決して少なくありません。
リアリティショックを防ぐには、中途であっても事前にRJPを行うしかありません。短いとはいえ、内定から入社まで1カ月以上あるケースが多いと思うので、その間に現実的な情報を事前に開示しておきましょう。配属先の社員と面談の機会を設定して、仕事のやりがいや醍醐味、大変な点、苦労するところをリアルに語ってもらうのも有効です。
ポイント3:入社初日に「ウエルカム感」を演出する
新卒入社者は、内定式や入社式を行うなどウエルカムムードを随所で感じることができますが、中途入社者はそれが少ないのが特徴。みんな黙々と仕事をしているオフィスに連れていかれ、紹介らしい紹介もしてもらえなかった…という話もよく聞きます。
中途入社者は誰しも、期待と緊張の中、新しい環境に何とかなじもうとしています。しかし、ウエルカムムードもなく放置されては、がっかりしてしまうもの。なかなか受容感を持てず、モチベーションが上がらないまま退職を選ばれてしまう恐れもあります。
子どもっぽいと感じるかもしれませんが、さまざまな方法で「あなたのことを歓迎している」という姿勢を示すことは非常に重要。簡単な歓迎イベントを行ったり、チームで集まって互いに自己紹介し合ったり、ウエルカムボードや歓迎の垂れ幕を作ったりするのもいいでしょう。
リモートワーク下であっても同様です。Web会議サービスを使って顔出しで集まり、メンバー紹介の場を設けたり、簡単な飲み会を行ったりするよう、現場に働きかけるのは一つの方法。もし出社条件が緩和されているのであれば、「入社初日だけは皆で出社して顔を合わせてもらう」のもお勧め。このご時世だからこそ、リアルで集まることに大きな価値があります。中途入社者にも「自分は歓迎されている」と実感してもらえるでしょう。
ポイント4:ハイスキルの人材であっても「即戦力化」を望まない

どんなに即戦力人材であったとしても、新しい環境に慣れるには時間がかかるものです。一般的には、本来の力を発揮するまでには入社して半年間ぐらいはかかると言われています。
しかし、ハイスキル人材であればあるほど、現場社員が「お手並み拝見」「やれるものならやってみろ」という姿勢で遠巻きにしてしまうケースが見受けられます。こんな状態では受容感を得るどころか、孤立感を覚えるばかりになり、実力を発揮する前に心が折れてしまう恐れがあります。
人事として、各部門のマネージャーに「お手並み拝見はNG。少なくとも入社3カ月(できれば半年)は成果を求めず、サポートに徹する」ことの重要さを伝えることが重要です。これにより徐々に受容感が高まり、心理的安全性が確立されれば、「この会社で何とかやっていけそうだ」という自信につながります。徐々に自身の実力を発揮して、チャレンジングな仕事にも挑戦できるようになるでしょう。
アメリカ大統領にも、政権交代後100日間は性急な評価は控えようとする紳士協定(ハネムーン期間)が設けられています。大統領ですら3カ月以上の猶予があるのですから、中途入社者に対してもしばらくは見守り、サポートすることを徹底してください。
ポイント5:「インフォーマルネットワーク」構築をサポートする
新卒の場合は、同期入社者が各部署に配属され、自然に横のつながりができますが、中途入社者にはそれがありません。もちろん、仕事を通じて徐々に他部署にも知り合いが増えていくでしょうが、自然に任せていてはどうしても時間がかかります。その間に孤独を覚え、悩みや不安を一人で抱え込んでしまう人は少なくありません。
中途入社者にこそ、人事が率先して意図的にインフォーマルネットワークに接続してあげる必要があります。例えば、前後半年の間に中途入社した人は部署や職位に関係なく「同期」と位置づけ、同期会的なイベントや集まりを企画するとか、社内の各部署にいる有名人=ハブ人材を紹介して、その人を起点にインフォーマルネットワークを築いてもらう、など。これらのインフォーマルネットワークが、中途採用者にとってのセーフティーネットになり、早期退職予防にもつながります。