人事制度がうまく回る、「現場の人事力」を高める方法とは?

社員を正当に評価したり、目標に向かって働けるようにしたりする、各種人事制度。より良い制度設計に力を注いでいる人事担当者は多いと思います。ただ、それを実際に運用するのは現場。人事制度を活かすには、現場の人事力を高めることも重要です。多摩大学大学院経営情報学研究科の客員教授で、組織行動論の専門家である須東朋広氏に、現場の人事力を高める方法について伺いました。

須東 朋広(すどう・ともひろ)さんの画像
須東 朋広(すどう・ともひろ)さん
多摩大学大学院 経営情報学研究科 客員教授。一般社団法人才知修養学舎 代表理事、日経BP総合研究所客員研究員。人事部(CHO/CHRO)研究、ミクロ・ダイバーシティ研究・中高年キャリア研究などを行う。主な著書に『CHO~最高人事責任者が会社を変える』(東洋経済新報社)、『キャリア・チェンジ』(生産性出版)など。学会発表や人材関連雑誌などへの寄稿も多数。

現場の人事力を高めるために、人事が取り組むべきこと

社員がイキイキと働くための人事制度の構築は重要ですが、それを実際に運用するのは現場のマネージャーです。いくらいい人事制度を作ったとしても、現場で人事の意図通りに運用されなければ、せっかくの制度が意味をなさなくなる恐れもあります。

人事制度担当者の役割は、制度設計だけでなく「現場の人事力を高める」ことも含まれます。そのために取り組むべきことは、大きく3つ挙げられます。

①定期的に「求める人材像」を見直す

効率性を優先するがあまり、「それは儲かるのか」「メリットはあるのか」などの考え方に縛られている企業をよく目にします。1990年代後半、社員解雇、若手社員の使い捨て、ミドルシニアへの冷遇などの「超効率主義」が過熱したことで、今も問題視されている「ブラック企業」を生み出しました。「儲けるためには他人が犠牲になってもかまわない」「勝ち抜いた者だけが昇進すべきだ」と考える経営陣の偏った人材登用によって、衰退していった企業は残念ながら少なからず存在します。しかし、いまだに効率性を優先するがあまり、「それは儲かるのか」「メリットはあるのか」などの考え方に縛られている企業をよく目にします。そういう考え方では、これからの時代を生き抜くための良い人材も育たず、新しいモノ・コトも生まれません。

企業を取り巻く環境が目まぐるしく変化するなか、企業に必要なのは効率よりも「創造」の視点です。人事が取り組むべきことは、過去の延長線上からではなく、未来における最適解を考えビジョン化すること。企業の未来の事業価値の定義やあり方、求める人材像や働き方を人事が経営に明示することが求められます。

一昔前までは、日本は「作れば売れる時代」にありました。その時代の人材マネジメントモデルが前提とするものは、①タスク処理者としての人材、②他律型モチベーションが優位な人材、③人材マネジメントの対象としての個人、の3つであり、キーワードは「平等・画一性・効率」でした。

しかし、その時代が過ぎ、「売れるものを創る」必要がある時代の人材マネジメントモデルが前提とするべきは、①知識・課題創造者としての人材、②自律型のモチベーションが優位な人材、③場や組織など集団に影響力をもたらす人材、の3つ。そして、これらのキーワードは「個性、斬新さ、独創性、スピードと変化」です。

現場はすでに、これらの変化を肌で感じています。現場との意識の乖離を無くすためにも、人事担当者には、このような「未来の求める人材像」に目を向け、評価基準や昇進におけるアセスメントの主導権を握っていく姿勢が求められます。

②現場マネージャーを経営と社員の連結のピンにする

次に人事に取り組んでほしいのは、現場のマネージャーの「あり方」を変えていくことです。

これからの現場マネージャーに必要なのは、「2つの言語を使いこなすスキル」。経営と現場の間に立ち、経営に対しては「どんな方法でビジョンを実現していくか」という「経営言語」で提案し、メンバーに対しては「どのような姿になりたいか」という「キャリア言語」で話をする姿勢が求められます。

業績目標達成だけを目的とし、KPI(Key Performance Indicator =重要業績評価指標)マネジメントをするためだけの「管理ありき」のマネージャーは少なくありません。こういうマネージャーは、経営陣にもメンバーに対しても数字だけでコミュニケーションを取る傾向にありますが、やりがいを見出せず疲弊していくメンバーが多く、望ましいマネジメントとは言えません。ここまではいかなくとも、経営から下りてきた数字ばかりに気を取られ、目の前の「今やるべきこと」にしか目が向いていないマネージャーは、残念ながら多いのです。

一方、ビジョンの実現を目的としたマネージャーは、経営陣には「経営言語」で戦略を提言し、メンバーには「キャリア言語」で話して各自の強みに応じて仕事を任せることで、成果を出しています。これが、現場マネージャーのあるべき姿だと考えています。

「ビジョン実現」という視点に立てば、おのずと普段の会話からメンバー一人ひとりの仕事観、キャリア観を把握するようになり、仕事を任せるときもメンバーの顔を思い浮かべ、思いを尊重しながらタスクを割り振るようになります。現場の能力開発を推進し、事業に貢献するという「人事力」を、自然に発揮してくれるようになるでしょう。

③マイノリティ人材の発掘・活用のために現場リーダーと人事で共働する

「作れば売れる時代」から「売れるものを創る時代」となった現在、企業が成長し続けるためには、イノベーション創出に向けて会社一丸となって取り組むことが必須となっています。

イノベーションは社会や消費者にとって「不便」「不満」「不安」なことに着目しそれを解決することから始まります。したがってビジネスの現場でも、社会や消費者の「不便」「不満」「不安」における問題発見力や仮説構築力が問われるようになっています。

「○○力」というと、組織の中のハイパフォーマーばかりに目が向きがちになりますが、実はローパフォーマーこそ職場での「不便」「不満」「不安」を体験している可能性があり、社会や消費者の「不」を見出す能力に長けているケースが少なくありません。ローパフォーマーならではの力を活かすことで、思いもよらないイノベーション創出につながる可能性が考えられます。

このような「組織内のマイノリティ」の力を引き出すには、現場マネージャーの傾聴力が重要。まずは意見を聞き、たとえそれが間違っていたり、ずれていたりしたとしても否定せず受け止めることで、職場の心理的安全性が高まります。そして、面白い意見が出てきたら「それいいね」「Aさんの意見をもとに、もっとみんなで考えてみよう」と話を盛り上げ、膨らませていくことが求められます。人事担当者は、この雰囲気を醸成する重要性を各現場マネージャーに伝え、場合によっては研修やセミナーなどで具体的に装着してもらうといいでしょう。

実際、ある大手コンサルティング会社では、これらの①~③を実施。求められる人材をロジカルで重要業績評価指標(KPI)至上主義な人から、右脳で考え「人中心」主義な人に転換したところ、今まで日の当たらなかった人が注目されるようになり、皆がイキイキと働けるようになったといいます。人事制度がうまく運用できていない、思うような効果が出ていないと感じているのであれば、ぜひこれらの方法を検討してもらいたいですね。

ライター:伊藤 理子

SHARE ENTRY

この記事を読んだ方におすすめ

【人事の悩み相談室】「せっかく中途採用しても、すぐに辞めてしまいます。早期離職を食い止めるにはどうすればいいのでしょう?」|の画像
人事課題

【人事の悩み相談室】「せっかく中途採用しても、すぐに辞めてしまいます。早期離職を食い止めるにはどうすればいいのでしょう?」

早期退職中途採用
地方企業こそ進めるべき「オンライン化」|の画像
人事課題

地方企業こそ進めるべき「オンライン化」

地方採用採用のオンライン化
社員のやる気を高める「エンプロイアビリティ支援型」人事制度とは?|の画像
人事課題

社員のやる気を高める「エンプロイアビリティ支援型」人事制度とは?

エンプロイアビリティ