ジョブ型人事制度とは?日本企業が運用に苦労する理由を解説

日本企業の経営者や人事担当者の関心を集める「ジョブ型」人事制度。欧米では当たり前に行われているジョブ型人事ですが、日本はこれまで「メンバーシップ型」人事が中心だったため、その導入や運用に苦労する企業は少なくないようです。その理由や対策法について、野村総合研究所の人事戦略コンサルタントである内藤琢磨氏に解説していただきました。

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内藤 琢磨(ないとう・たくま)さん
株式会社野村総合研究所 グローバル経営研究室 プリンシパル。2002年、野村総合研究所入社。国内大手グローバル企業の組織・人事領域に関する数多くのコンサルティング活動に従事。専門領域は人事・人材戦略、人事制度設計、グループ再編人事、タレントマネジメント、コーポレートガバナンス。主な著書・論文に『NRI流 変革実現力』(共著、中央経済社、2014年)、『「強くて小さい」グローバル本社のつくり方』(共著、野村総合研究所、2014年)、『デジタル時代の人材マネジメント』(編著、東洋経済新報社、2020年)、『ジョブ型人事で人を育てる』(編著、中央経済社、2022年)などがある。

ジョブ型人事と職能型人事の違い

近年では「ジョブ型人事制度」に関心が高まっていますが、日本企業の多くは「職能資格型人事制度」が主流となっています。人事上のランクが個人の能力や経験の蓄積によって上がる人事システムです。

それに対して、「ジョブ型人事制度」は社内でのポジションや職務内容を明確にし、その責任や難易度によって処遇を決める人事システムです。ジョブ型は人にランクがつくのではなく、人が担っている仕事に対してランクがつきます。一方で、個人の仕事が順調にいけば大きな役割を任せられる可能性が高くなるので、ランクアップしていく点は職能資格型人事制度と同じです。

一方で日本の職能資格型人事制度は人にランクを付けるので、組織改編などによって職務がなくなった場合にも当人の能力や経験値が下がった訳ではないため個人のランクは下がりません。しかし、ジョブ型人事制度では担う仕事にランクがつけられるため、職務がなくなり、代わりに任せられるポジションが以前よりも小さい役割になればランクが下がります。

デジタル時代の到来で、ジョブ型人事が注目されるように

ジョブ型人事が注目されるようなった背景としては、世の中のビジネス構造が変わってきたことが挙げられます。その代表的なものがデジタル化です。DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していくには、デジタルの知識が豊富で技術の専門性が高い、いわゆるデジタル人材が欠かせません。

ところが、デジタルの知識や実績を持つ人材には、大学でAIやIoTといった先端ITを学んだ人や、デジタル系のスタートアップ会社で経験を積んだ20代や30代の若手世代も多く含まれます。これまでの職能資格型人事制度ではこうした若手人材の市場価値と比較すると処遇が低くなってしまうため、専門人材に高処遇である外資系企業やデジタル系企業に人材が吸引されてしまうというミスマッチが起きてきたのです。

デジタル領域に限らず、専門人材を確保する上でも役割やポジションに応じて処遇するジョブ型人事制度の方が有利であるという側面もあります。企業のダイバーシティへの取り組みも本格化してきた中で、育児や介護をしながら働く人や外国籍の人を採用する場合、ジョブ型の処遇の方がマッチするケースもあるからです。

もう一つは、人に投資することで組織能力全体を高めることを重要視する「人的資本経営」が着目されるようになったことです。経営戦略と人材戦略を繋いで考える人的資本経営では、新しいビジネスを作るために、各ポジションに必要な専門性、経験を明確に説明する必要があります。

例えば30代管理職を何人増やすではなく、「こういう専門スキルや経験を持った人材が500人必要です」といった具体的に説明しなければなりません。そういった点でも、ジョブ型人事制度が注目されていると言えるでしょう。

日本企業はジョブ型人事が苦手だと言われる理由とは

日本企業がジョブ型人事制度の導入や運用に苦労している理由には、大きく分けて企業の外的要因と内的要因があります。

●外的要因
・労働市場における流動性の低さ
・労働法とのミスマッチ
・限定的なグローバルでの人的獲得競争

●内的要因
・職能的な事業運営の浸透
・年功的な運用や温情主義の定着
・役割・職務明確の難しさ

まず外的要因として挙げられるのは、日本の労働市場における人材の流動性の低さです。ジョブ型人事制度は一定程度雇用が流動化していることが前提なのですが、海外と比べると硬直的な面があります。

企業側が長期勤続ほど有利になる人事制度を運用していることはもちろんですが、労働者側も新卒で入社した会社を変わるということに対して、まだ抵抗感を感じる人が多いことが流動性を妨げている一因となっています。

さらに日本では労働法上、企業が労働者を解雇するに対して非常に制約が多いことも流動性を妨げ、ジョブ型人事制度を適用しにくい要因の一つになっています。

また、日本企業が一部の企業を除いてまだ本格的にグローバルな人材獲得に乗り出していないことも、ジョブ型人事制度が浸透しない要因と一つと考えられます。グローバル展開する多くの企業も外国籍の幹部の処遇制度、現地ローカル社員の処遇制度、そして日本国内の人事制度を別々に運用しているケースが多くみられます。

一方で内的要因としては、多くの日本企業では人に合わせて業務や役割が割り振られ、異動や配置転換が行われるため役割やポジションで処遇するという発想に中々切り替わらないというものがあります。また定期ローテーションが一般的であり、ゼネラリスト型スキルは身につくものの、専門的なスキルや経験の習得はしにくくなってしまっています。

年功序列でのキャリアアップや降格がないといった温情的人事運用もジョブ型人事が形骸化してしまう要因となっています。

人を育てるためにジョブ型人事を導入している企業事例

社員の自律的なキャリア形成や人材育成などの目的から、ジョブ型制度を導入している代表的な企業はソニーグループが挙げられます。例えば、社内で募集される新たなポジションやプロジェクトにチャレンジすることができる社内公募が盛んに行われています。

当然処遇も、いわゆるジョブ型でいうランクで紐づいているため、年齢で決まる給与ではなくて担うポジションによって決まります。採用競争力の面からもこうした企業にはチャレンジマインドと専門性をもった人材が集まり易くなります。

また、日立製作所は2014年頃からジョブ型人財マネジメントを導入し、日本の職能資格型を廃止して、仕事やポジション、役割によって処遇が決まる仕組みを取り入れています。グローバル企業として外国籍の方も安心して働けるジョブ型人事制度をきちんと確立している好事例だと思います。

ジョブ型人事をうまく導入・運用するにはどうしたらいいのか

まず最も誤解されやすいのが、ジョブ型人事制度を導入することがゴールではない、ということです。ジョブ型はあくまで手段であって、目的ではありません。裏を返すと、一番のポイントは、ジョブ型人事制度を導入する「本当の目的は何か」という目的を明確にすることです。

そもそもジョブ型人事は、決して全ての社員にとって「やさしい・居心地の良い人事制度」ではありません。年功型や職能型の人事制度は将来の処遇が一定程度保証され、若いときは給与が低くとも年齢を重ねれば上がっていくというものでした。人事異動やローテーションで希望していないこともやらされるかもしれないけれど、将来は保証されていることがメリットであり、家族的なやさしい人事制度と言えます。

ジョブ型人事制度は社内外との競争相手とポジションを競い合う厳しい仕組みではありますがそうした環境に身を置くことでスキルや専門性、問題解決能力が鍛えられ、自らの自己啓発にも繋がっていきます。デジタルの知識がなければ勉強しようというように、自分の専門性や強みを磨いていこうという自律性を高める仕組みです。

したがって、「人材採用や育成を強化していく」「社員を強く鍛える」ためにジョブ型人事制度を導入するというのは、一つの目的であると言えるでしょう。また、社員の自律性を高めてもらうために「社員に自分のキャリアを考えてほしい」というメッセージもあると思います。

環境変化の著しい中で、ジョブ型人事導入の目的を明確にすることで、厳しい状況変化に立ち向かう人材強化・採用を目指してほしいと思います。

ライター:馬場 美由紀

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