【人事の悩み相談室】「働き方改革を進めていますが、残業削減の方針を無視して働く人がいて困っています」

人材採用、定着、育成などに関する、人事担当者のさまざまなお悩み。人事歴20年以上、人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所社長の曽和利光さんがお答えします。

曽和 利光(そわ・としみつ)さん
株式会社人材研究所・代表取締役社長。1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートに入社。人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャーなどを経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務めた後、2011年に株式会社人材研究所を設立。人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)、『人材の適切な見極めと獲得を成功させる採用面接100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)など著書多数。

(相談内容)
働き方改革を進めるべく、残業を極力減らし定時で帰るよう呼び掛けています。しかし、それを無視して残業する人が一定数いて、個別に声をかけてもなかなか減りません。どのように管理し、指導すればいいのでしょうか?

労働時間をモニタリングし、早期にアラートを上げる体制を整えよう

このお悩み、個人的にとてもよくわかります。そこで、まず私の人事時代の経験談からお話ししたいと思います。

以前、私が人事担当者として勤めていたのは、当時「超過重労働」で有名な会社でした。一人当たりの仕事量自体も多かったのですが、背景には「より高い成果を上げるべく努力する」風土があり、夜遅くまで働くのが当たり前の雰囲気がありました。

世の中の潮流に合わせ、残業を少しでも減らすべく人事としてさまざまな策を講じましたが、どうにかして残業すべく抜け道を見つける社員との攻防がすさまじく、苦労させられたものです。

最初は、紙のタイムカードを入館証に切り替えて電子化し、残業が多い社員に個別に指導していました。しかし、ほかの社員がオフィスに出入りするときに一緒に入退室して勤務時間をごまかす「共連れ侵入」が多く発生するようになりました。

そこで、PCのオン・オフで勤務時間を管理し、一定以上PCを開いているとアラートが上がるシステムを開発。しかし今度は、「PCをずっと点けっぱなしにしていただけだ」と言い訳する人が現れました。

今度は、残業時間を月別に管理し、「このペースだと月末には既定の残業時間を超過する」と予測できるシミュレーションソフトを導入。残業時間がオーバーしそうな人には、月初の段階でマネージャーから指導を入れてもらい、必要であればタスクをほかの人に移管するなどの打ち手を講じると決めたことで、残業時間をある程度減らすことができました。

しかし、ここまでやっても、指導を無視して長時間働き続ける人が一定数いました。そこで、「既定の労働時間を超えたら、必ず産業医の面談を受けてもらう」ことをルール化したのですが、それでも「面談を受ければいいんでしょ??」と開き直る人がいたので、最後の手段として評価に組み込むことに。つまり、残業が多い人は表彰の対象から外すなど「短時間で成果を上げた人を評価する」という方針を明確に打ち出したところ、ようやく過重労働者をほぼ無くすことができました。

ご紹介したこの事例は特殊すぎるかもしれませんが、会社を挙げて残業削減に動いているにもかかわらず、その流れに反して残業する人が多くて困っているのであれば、少なくとも勤務時間をモニタリングできる態勢は早急に整えたほうがいいと思います。

単に出退勤を管理するだけでは、いくらでも抜け道を見つけられてしまうので、残業時間を予測して早い段階でアラートを上げるなど、モニタリング結果を受けて改善指導するという流れを作るべきでしょう。それでも難しいならば、私の経験談のように、産業医面談を組み入れたり、評価に落とし込んだりすると、かなりの抑止力になると思われます。

「無理に残業を減らすと、その分成果も減り、業績が悪化するのではないか」と懸念する向きもあるかもしれませんが、そんなことはありません。労働時間のワクを明確に決めれば、その中で仕事を終わらせるべく優先順位をつけ、創意工夫をするようになり、結果的に業績が上がるケースがほとんどです。私の元勤務先も、労働時間が劇的に減る一方で業績は拡大し、現在は過去最高益をたたき出しています。

「生活残業」の場合は、制度に手を入れるしかない

ただ、会社の指導を無視して長時間残業してしまう理由が「生活のため」である場合は、やや難易度が高そうです。

我々を取り巻く経済環境は、決して明るいとは言えません。国税庁の民間給与実態統計調査によると、平成の30年間で日本人の平均給与は年間50万円近く下がっています。悲しいことに、「固定給だけでは生活できないから、残業で生活費を賄いたい」と考える人は少なくないのです。

こうなるとモニタリングでどうにかなる問題ではなく、制度設計に手を入れるしかありません。前述のような方法で強権的に勤務時間を減らしても、不満が出るだけ。モチベーションが下がって業績に影響が出たり、若手を中心に人材が流出してしまったりする恐れもあります。

生活のために意図的に労働時間を伸ばそうという、ある種確信犯な社員に対しては、労働時間と報酬を連動させないようにするしかありません。例えば、インセンティブの比率を上げたり、みなし労働時間制を取り入れたりするなどの方法が考えられます。住宅手当や家賃補助、家族手当など、福利厚生を手厚くして、給与以外で生活をサポートするのも一つの方法です。

「もっと働きたい」若手社員には、自己啓発手当で対応を

なお、若手社員の中には、「早く成長したいし今が働きどきだ」と捉えている人も少なからずいます。残業を厳しく制限することで、もっと働いて成長したいのに…と不満を募らせるケースもあります。

確かに、個人の能力は基本的に「仕事の経験量」により積み上げられていくものですが、労働時間と、いわゆる「学習の時間」とは切り分けて考えるしかありません。例えば仕事に関する本を読む時間やニュースなどから情報収集する時間などは、仕事の成果を上げるための自主的な行為であり、できれば勤務時間外でやっておいてほしいこと。しかし、それを明言してしまうとモチベーションに影響する恐れがあります。

この場合も、例えば資格取得のためのスクール費用の一部負担や、セミナー参加費や書籍購入費の補助など、自己啓発手当を設けるなど、福利厚生でフォローするのは一つの方法。残業削減の姿勢は明確に打ち出しつつ、労働時間外でのスキルアップを支援する姿勢を具体的に示すことをお勧めします。

ライター:伊藤 理子
カメラマン:刑部 友康

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